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コミュニティユースワーカー活動報告

NPO法人PIECESが運営するコミュニティーユースワーカーの活動報告ブログ

コミュニティユースワーカーが紡ぐ関係性、名はまだない

ATLASプログラムでお世話になっているsmartnewsの望月さんがPIECESの記事を書いてくださいました!
コミュニティユースワーカーが子どもたちと紡いでいく「関係性」について、「家族を捉えなおす」ことを媒介にしながら書いていただきました。ハンナ・アレント、映画『さとにきたらええやん』『永い言い訳』、ラッパーA$AP Rockyも引きながら書かれていて、とてもおもしろいです!
こんな素敵な記事は望月さんしか書けない!本当に嬉しい記事です。
昨年「逃げ恥」も大流行したことからも伺えるように、「家族を捉えなおす」ことは、多くの人の関心事なのだと思います。
ぜひぜひ、CYWの理解をふかめて頂くためにも読んで下さい〜!!
 
はてなブックマークにもいろいろ反響いただいて面白いです。!
 
 
※以下は、この記事を読んだ後に読んでください!
 
「親密圏の構築」することに、他者が介在することの積極的な意味について
 
望月さんの記事は、家族以外の「他人」が「親密圏」の担い手として存在している必要がある、つまり「家族でなくても、他人でも、できることがある」ということを丁寧に描いてくださっています。
それに加えて、もう一歩それを拡張させると「他人であるからこそ、できたことがる」とも思います。
 
簡単にいうと、「他人」も家族のような関わり(親密圏)をつくる一部になれるし、家族は他人を頼ってもいい。そしてその他人と親密圏をつくるからこそ、家族と「違う世界」を見せられるということです。
 
望月さんの記事から続けて映画『永い言い訳』を引用させてください。(詳しくは省きます)
母親を失った男の子の父親は、トラックの運転手であり、一方のもっくん演じる主人公の男は小説家であり、それぞれの職業がもつ文化(価値観)というものは異なるものです。中学受験の勉強を頑張りたい小6の男の子にとって、小説家の人と関わることができるというのは、新しい文化に通じる入り口でもあったかもしれません。そういった家族じゃない「他人」と関係を作っていったことによって、家族の外にある社会の風を少しばかり感じたのではないかと思うのです。(これはあくまで私の見解ですが)
 
これは、「他人」である主人公が、小6の男の子にとっての「親密圏」の担い手になることで、アレントのいう「世界」になっていた可能性があるということを示唆していると思います。
※アレントは、「世界」を、(地球とか自然とかそういったものではなく)「人間の工作物や人間の手が作った製作物に結びついており、さらに、この人工的な世界に共生している人びととの間で進行する事象に結びついている」ものとして定義しています。人と人とを結びつけたり分離させたりする仲介者でもあります。
 
世界の議論を拡げているときりがなさそうなので、いったん簡単に噛み砕くと、
PIECESのつくろうとしているコミュニティユースワーカーは、「その人がその人でいられる親密圏の一部となることで、そこを足がかりとしてその外の社会(ここでは一般的な意味での)と繋がる仲介者」にもなれる存在であると思うのです。
家族でもない「他人」がその子の存在を「その子」として受け止める。そうした関係を通じて、子どもは「他人」の背中に広がっている家族と少し違う景色を感じる。そのような機能は、家族よりも「他人」だからこそ担うことができると思うのです。

そういったまだ名前はない関係性を紡いでいくため、コミュニティユースワーカー事業はこれからも名前を見つけていけるように頑張っていこうと思います!よろしくお願いいたします!


PIECESスタッフ 青木